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株式会社アバンティ会長/渡邊智惠子さんに聞きました(後編)

子育てをしながら事業を続けるには?

子育てをしながら事業を続けるには?

日本におけるオーガニックコットンの第一人者として、長年事業を営んでいらっしゃった渡邊さん。まだまだ社会的に女性が働くということへのハードルが高かった時代、お子さんを生み、子育てをしながら全力で事業を推進されていました。

その裏にはたくさんの方のサポートと協力があった、とおっしゃいます。また子育てをしながら事業を続けるママプレナーの皆さんへヒントとなるアドバイスも。

飾ることのない、ありのままの姿を見せてくださいました。

 

▼前編はこちら

なぜオーガニックコットンなのか?

 

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Profile

渡邊智惠子さん(Chieko Watanabe)

株式会社アバンティ代表取締役会長。北海道斜里郡生まれ。1985年株式会社アバンティを設立。日本でのオーガニックコットンの製品製造のパイオニア。企業活動以外に、オーガニックコットンの啓蒙普及と認証機関としてのNPO日本オーガニックコットン協会(JOCA)を設立。グローバルスタンダード(GOTS)の基準作りにも関わる。2009NHK「プロフェッショナル~ 仕事の流儀」に社会起業家として取り上げられる。その後、2011年一般社団法人小諸エコビレッジ設立。2016年一般財団法人森から海へ設立。2017年一般財団法人22世紀に残すもの 発起人として活動を始める等各分野でも活動している。

 

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すべてパーフェクトにはできない

すべてパーフェクトにはできない

― アバンティをスタートする前はどんなお仕事をされていましたか?

タスコ・ジャパン株式会社(現:​サイトロンジャパン株))という、天体望遠鏡・双眼鏡をアジ ア各国で作り、世界に輸出するというお仕事をしていました。 大学を卒業してからすぐ入社して、15年そこにいました。やはり最初の会社・仕事はその人の人生、性格、性質、判断の基準、そういったところにすごく影響すると思います。

社会に出て、一番最初に入った会社で何をするかというところが、すごく大事なんですね。

私にとってタスコ・ジャパンに入社したってことが、私の今を作っています。 全てそこで基礎ができたんじゃないかなって思っているくらいなので、うちの会社に新人が毎年入ってきてくれますが、その新人にとっての社会に出た最初の会社であることの責任をすごく感じています。

社会に出て自立をして、仕事をして、人間性を磨いていく。そうなって欲しいと願って、新人たちに向き合っています。

― 最初に入られた会社で働いている間に、新事業をすることを考えられたのですか?それとも起業することは考えられていなかったのでしょうか?

私は35歳までに5つの会社の役員になると思ってたんですね。だから私にとって会社のオー ナーになると言うのは当たり前のことだったのかもしれません。

― 最初の会社でも副社長までされて、目標達成されていますよね。

人間て優しいから、この人がどういう目標や夢を持ってるのか分かったら、その人の夢に何 らかの形でサポートしたいって思うんですよね。それが人間なんだと思うんです。 なので私は遠慮もなく自分の夢を言葉に出して、口外してます。そしたらきっと人が助けて くれると思っています。他力本願なんです(笑)。

― 自分の言葉を発することが大事って言いますよね。

夢に近づく一歩だとそうですね。言霊ですから。

― お母さんをされながら事業をされてきたということで伺いたいんですけれども、出産されてから、両立をするためにご自身の中でこれは大事にしてきたということはありますか?

すべてパーフェクトにはできない、丁寧にはできない、命までは取られないでしょっていう 感じかな。

保育園で育ててもらわなくちゃいけないし、保育園から帰ってきてもまだ仕事あるわけだか ら、会社に連れてきて会社で遊ばせて、社員に面倒をみてもらって、みたいなこともありまし た。「ごめんね」っていう開き直りみたいな感じかしら。 パーフェクトではなく、7割とか8割ぐらいかな、と。

― 朝型と伺っていて、毎日4時半に起きられているのがすごいなと思ったのですが。

私はショートスリーパーなんですよ。だから全然大丈夫なんです。大体今4時間とか4時間 半とかくらいが普通なのかな。55歳くらいまでは眠たいと思ったことがなかったんですよね。そういう健康さを神様がくれているんだと思います。 だからこそ、いろんな話とか発想とかそういったことが自然と出てくる。特別じゃなくて自然なことなんですよね。

― ショートスリーパーになれると思ってなれるもんじゃないですよね?

使命と言うか、何か理由があってそうなんじゃないかなって思います。

経営者っていうのは、絶対朝が早くなかったら無理なんです。 昼間、会社に来たらもう自分のコントロール外ですよね。自分の仕事に集中したらスタッフ たちのことにが置き去りになってしまう。なので、できるだけ集中して自分の仕事をするのが会社に来る前ということになります。

そういうことでないと会社ってうまくいかないんじゃないかな。9時5時の間で物事が収まるとは全く思わないし、経営者としてありとあらゆるところにア ンテナを張り、過去・現在・未来を常に考えていくっていう。

だからそれを常に考えるとなったら、朝しかない。朝はとっても大事です。

― 夜は何時ぐらいに寝られるんですか?

夜はね、お酒飲んだらすぐ寝るんですよ!11時くらいかな。バタンキュー。そんな感じですけど、12時前には寝てますね。

そして4時半に起きて、そこから支度をして1時間強散歩に行き、ストレッチをして、6時半からのモーニングセミナーに出てっていうような。自分のミッションを3つ終えてから、今日は出社しました。

 


 

メリハリができたことで、私はすごく最高の時間を娘と過ごさせてもらったなと思っています

メリハリができたことで、私はすごく最高の時間を娘と過ごさせてもらったなと思っています

― お食事などもご自身で作られているんですか?

ご飯作りは、私、ことのほか好きです。家に案外人が来るし、人を呼ぶのが自分の趣味を見せびらかすことになるし。(笑)

一番いいのは、自宅で過ごして食事をしたり、自宅にお客様を呼ぶことが、経費節約になる ことです。 若い時から社長だったので、外に出たら私が払うという役割でした。当時はそれだけの接待交際費は頂いていたのですが、やはりアバンティのような小さな会社になりますと、そんなに使えないんですね。

なので、お世話になった皆さんに何らかの形でお返しをするとなったら、自分の体を使ってお 料理をして、自分の家にご招待をして、心地いい空間をつくるっていうことが一番よい 方法なんです。

私にとって経費節約の第一歩なんですよね。

― 渡邊さんのお母様もお仕事をされながら、家でも食事を作られていたっていうのも、影響 があるのかなあと思い、伺っていました。

子どもって、母親からの影響がすごく大きいと思いますね。なのでうちの娘がいかほどに私の影響を受けてるのかなと思うと、空恐ろしいです(笑)。

― 事業をした中で一番大変だった事、どうやって乗り超えられたのかをお伺いしたいです。

1995年の娘が生まれる年が一番大変でしたね。阪神大震災とサリン事件があった年で、娘の誕生が3月27日。この時はやはり全ての企業が大変な状態になったので、「オーガニックコットンなんて、何考えてるの今時」って言われるくらい、一番大変な時期だったと思います。

あとは娘が産まれる前後ですよね。お腹が大きくって、出張にも中にもなかなか行けないと いう時でしたが、一日も休まず40週目の定期検診の時まで働いてました。

産後も、会社を休んだのは一週間以内でした。

土曜日に健診に来て帝王切開しましょうって言われて、その次の日が帝王切開。そして退院 が次の金曜日だったんです。本当に一週間しか休んでないですよ(笑)。

そして、娘が未熟児で生まれ、1ヶ月入院してくれたんですね。なので社会復帰が早かった です。お母さん大変そうだから、と娘は思って、1ヶ月入院してくれたのかもしれないです ね。

― ママプレナーの皆さんに、育児と家庭の両立をどうしたらいいのかアドバイスがありますか?

ずっと一緒にいるというのは、なかなかしんどいですよね。 子どもを育てるには、育児の分担がすごく大事だなって思っています。 ですから、男の人もしっかりと育児をしなくちゃいけないしでしょうし、保育園で子どもに しっかり社会性を持たせるという言うのもすごく大事だなって思ってます。

私は2つの保育園で娘を育てました。 1つは慶応病院の中にあったすごく小さな保育園だったんですが、そこはせいぜい園児が5 、6人でした。 本当に手厚い保育園で、「離乳食はつくらなくていいですよ。昼間、私たちが作りますか ら」って言ってくださいました。布のおしめをしっかりと使ってくださり、丁寧に私ができないところを、園長先生はじめ3人の保育士さんが関わり、育てて頂きました。

私は、もうずっとそこでいいと思ってたんですが、娘が2歳を過ぎたころ、娘さんのためには、もう少し大きい集団の中で生活をして、社会性を学ぶというのが大事ですと言ってくれたんですね。

それで別の保育園に入りました。そちらには給食に命を懸けてる先生がおられました。出来 合いのものは一切あげない、おやつから全て手作りで、化学調味料も使わない園だったんですね。2ヶ所ともに、食べるものにとても気を遣ってくださる保育園でした。

ここでも私は感謝なんですね。

私が昼間自分のことに100%集中してできる。ちゃんとサポートしてくださる。もしこの園がなかったら仕事はできなかったですね。

私が集中して子どものことを忘れて仕事ができたことに、とても感謝していますし、娘にも感謝できました。よくみんなで遊んで待ってくれていたねっていう。園から帰ってきてからバ トンを母親をとして受けとって、夜寝るまで一緒にいる。

そういうメリハリができたことで、私はすごく最高の時間を娘と過ごさせてもらったなと思っています。お母さん達と話すと、やはり泣かれると、本当に首を絞めたくなるぐらいに思うときがあるよね。虐待っていつも私達の隣にあるよね、っていう声を聞くことあります。

だからこそ、お互いカバーしあうっていうことがすごく大事なんじゃないかなって思います。そんな無理なことはしなくていい。7割8割でいいんだよって。できない部分は、誰かがちゃんとサポートしてくれるから。

これは私がやらなくてはいけない、これもしなきゃいけない、あれもしなきゃいけないって言うと辛いですよね。 自分はパーフェクトではないし、それはできない。それなりでいいんですと思ってます 。

 


 

Interview by Yuka Yanagisawa/Text by Azumi Nozaki

Mompreneurs Network Japan

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