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NPO法人AfriMedico代表/町井 恵理さんに聞きました

アフリカの子どもたちを救う、“置き薬”って?

アフリカの子どもたちを救う、“置き薬”って?

学生時代、インドのマザーテレサの家でボランティアをしたことをきっかけに、自分自身の進む道を模索し始めた町井さん。

青年海外協力隊に参加し、アフリカに行ったことで、日本発祥の「置き薬」のシステムを現地で広げていくというアイディアに導かれていきます。

 NPO法人代表という役割と、製薬会社でのMRとしての仕事。両方の立場を経験しながら学び、成長を続けているママプレナーとして、現在にいたるまでのプロセスや、仕事と家族・プライベートの両立をどのようにされているのか伺いました。

 

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Profile

町井 恵理さん(Machii Eri)

薬剤師。青年海外協力隊として、アフリカのニジェール共和国で2 年間、感染症対策のボランティア活動に従事。ニジェールでの経験から、アフリカの医療をさらに改善できるか考え続け、グロービス経営大学院へ進学。 「違いがあるからこそ、共に学ぶものがある。アフリカと日本の両方を良くしたい」という想いから、AfriMedico 設立に至る。

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実は反対されてよかったな、と思っているんです

― NPO法人AfriMedicoの事業内容について、教えていただけますか?

アフリカにおいて日本発祥の「置き薬」のシステムを根付かせることを事業にしています。「置き薬」というのは、箱の中に一定の薬をいれておいて、使った分だけ支払うというものです。

あとは、日本の会社とタイアップして、現地に薬を導入するサポートをしています。現地で色々なネットワークができているので、アフリカで事業を行いたいという会社と、現地の会社をつないでもいます。BtoBのコーディネートですね。

他には、日本でアフリカについて知ってもらうための講演に呼ばれることが多いです。

― アフリカに関わることになったのは、どんなきっかけがあったのでしょう?

大学の頃、インドのマザーテレサの家でボランティアをしていたんですね。そこから色々なボランティア活動をするようになったんですが、短期的ボランティアをしていると、次のステップが自分でも分からなくなってしまって……。自分は本当に貢献しているのだろうか、役立っているのかどうかという迷いが出て来たんです。

そんな中、青年海外協力隊に応募しました。1回落ちてしまったんですが、どうしてもあきらめられなくて、また申し込んだら採用されて、アフリカに行くことが決まりました。

両親に「話があるので帰る」と言ったら、「これは結婚だ!」と思っていたようです。でも帰ってきたら「すいません、アフリカに行ってきます」と……。

― 家族は驚かれたでしょうね(笑)

はい。2カ月程どんよりしていたらしいです。

最後の説得と思って、父親と飲みにいったんですよ。父親は祖父の事業をつがなかったんです。その時あきらめたことがたくさんあったらしく、「あきらめることも一つの人生だ」と言われました。でも私はあきらめられなくて……。説得するまで、3カ月かかりました。そして、2年間アフリカに行くことになりました。

― 最終的にはご家族は賛成されたんですか?

はい。でも、父親は「ボランティアに行って、その先はどうするんだ?その先の将来まで考えて行動しなさい」と言っていました。母親は、私の体が心配と、言っていました。

でも行ってみて、その先どうなるかなんて、結局のところ分からないですよね。まずやってみないと。

実は反対されてよかったな、と思っているんです。両親の反対でくじけているようでは、アフリカであった様々な事が乗り越えられなかったと思います。

― 本当にやりたかったら、やりますもんね

そうなんです。成功するかしないかは、諦めるか、諦めないかだと思うんですよね……。当時は私も色々な方法を考えて、考えつくしたと思います。

― その後、アフリカでAfriMedicoを起ち上げられたのでしょうか?

いえ、すぐに起ち上げたわけではありません。

もともと私は起業をするような性格ではなくて、フォロワータイプなんです。リーダーシップ力もなくて、海外協力隊でアフリカにいった時も、自分のマネジメント能力がまだまだ足りないと思いました。そこで、マネジメントを学ぶためにグロービス経営大学院に通い始め、その研究プロジェクトで置き薬のモデルを考えたんです。そして、せっかく考えたならカタチにしようということになり、NPO団体をつくったという流れなんです。「どうやったら、アフリカに貢献できるか」を突き詰めて考えていたら、NPOを起ち上げることになりました。

― 事業展開として、最初は起ち上げる予定はなかったんですね。そのあとのステップは、どのように進んでいったんでしょう?

まずは研究としてスタートして、そこからカタチにしようということになりました。大学院のメンバーでイベントを開いて、興味ある人はどうぞ入ってくださいと伝えたところ、20人くらいメンバーができた。そこからメンバーを入れ替わりしていますが、そのままずっと進めてきています。

実は反対されてよかったな、と思っているんです

「本当にこの仕事は私がやるべきか?」を考えるようになりました

― 2014年に【東京都×NPO法人ETIC.】Tokyo Startup Gateway 最優秀賞を受賞されていますが、このインパクトは大きかったですよね?

はい。大きかったですね。広報力があって、人やサポートがたくさん集まってきました。

― Ready forのクラウドファンディングは、そのあとに?

2014年と2016年に2回やりました。実は、2回目はもうやりたくないと思っていたんです。出産予定日にもちょうど重なり、責任が持てないかもしれないと思って……。

でも、資金調達メンバーが、「やりたい!」といっているところを止めるのもイヤだったので、「やろう!」と。ベッドの上からの指示は正直しんどかったです。入院中でも、メールでできることをやっていました。

ただ、取材や根回しはみんながやってくれたので、自分が抜けても回る組織作りのためには、いいキッカケにはなりますよね。ついつい自分でやらないとと思っちゃうけど、子どもができちゃうと強制的に引かないといけないじゃないですか。それが組織を強くする、と思いました。

― みんな力を持っているけど、任せるのも怖いですよね

本当にいいキッカケになったな、と思います。出産すると自他ともにどうしようもないから、周りががんばってくれる。

以前誰かに相談したときに「起ち上げた時が、産み時だ」と言われました。

まだまだだと自分では思いますけどね……。反省することもたくさんあるし、自分の能力のなさを感じることもある。能力開発をし続けないと、ダメだなと思いますね。

― そういうことをずっと思ってる方が、成長し続けるのではないでしょうか

そうですね。自分自身が成長し続けないと、組織が死ぬと思います。

― NPOの代表という立場の他に、製薬会社のMRという仕事もされているんですよね。仕事のバランスはとれていると感じていますか?

そうですね。よいところは、トップからの視点と下からみたトップの視点、両方が見えるということです。

上の立場にずっといると、下の人たちがどう考えているか、見えなくなることがあるじゃないですか。でも両方の立場をとることで、視点の移動ができる。

NPOだと自分がトップでひっぱっていくので、トップの気持ちがわかる。会社だと自分が下だから、どういう風にメンバーが考えていくかが見える。

― そして女性初の役職につかれた、とも聞きましたが、お忙しいですよね……

はい。「本当にこの仕事は、私がやるべきか?」を考えるようになりました。

数年間、全部自分がやらないといけない……と思っていたんですが、人に任せた方がいい場合もあって、そういう時は任せられるようになってきました。

それまでは体調を崩して、ベッドから起き上がれない……なんていうこともありました。みんなが助けてくれて、乗り越えていった感があります。

― 精神ではなく、体に影響が出たのですか?

精神的にも来てたんじゃないかな、と思います。面白くなかったし、しんどかったです(笑)。

今だと楽しくやらないとな、と思います。自分が楽しくないと人も楽しくないし。当時はミーティングではタスクをつきつめてました。

「なんでやってこなかったのか?」「スケジュール通りに進んでないと」……みたいな感じで。なので、当時はミーティングでも話題がなかったですね。来る人も、理事とメンバーくらいでした。

今だと10人くらい参加しています。みんなが来ているという行動に現れているので、ひとつの指標になりますよね。

― 苦労されてるんですね。今までずっと上手くいっているようにみえても、色々あって、今がある

みんながんばっていますよね。前に出ている人は、絶対苦労している。

最近、ようやくみんな色々乗り越えてきているんだな、という事が分かってきました。

そうでないと人はついてこないですよね。その時その時で組織を成長させていけるか、ってことだと思うので。

「本当にこの仕事は私がやるべきか?」を考えるようになりました

結婚の条件として「自由にアフリカに行きます!」と

― ご主人の仕事への理解はありますか?

はい。仕事への理解が結婚の条件だったんですよ。実は2014年に事業を起ち上げるときに結婚しないって決めたんです。親にも宣言しました(笑)。

そのあとに彼に出会って、ちょうど彼も自分の事業を起ち上げるタイミングだったので、お互いの事業計画を見せ合ったりする中で、関係が深まっていきました。

― 自分で事業しているっていう共通点があり、理解があるんですね

でも、婚姻届けを出す前日に「私やっぱり結婚するのやめます!」って言ったんです。親戚にも謝りにいくと伝えたんですが、ちょうどレストランを予約してくれていたので行ったら、もう一回プロポーズしてくれました。その時結婚の条件として「自由にアフリカに行きます!」ということを伝えました。
それがあったから今でもアフリカに行ける気がしますね。でなかったら止められると思います。

私がアフリカにいる間、子供の面倒をみないといけないですし、彼も彼で事業をやっているのでそれなりの負担があると思うんですよね。本当に大変だと思います。

― すごいですね。家事・育児ともに、旦那さんも積極的に関わってくれているんですね

むしろすごくやってくれています。彼の家事や育児から学ぶことも多くあり、感謝しかありません。

― 他の方からのサポートはありますか?

外部のサポートももちろんあります。…ベビーシッターを頼んだり、メンバーが見てくれたり。自分だけで子育てをすべきという考えでしたが、今ではみんなで育てて貰うという考えに変わりました。周りのサポートがないと出来ないですね。

― 最後に、これからの目標はありますか?

今はタンザニアだけで「置き薬」をしているのですが、他の国にも普及させたいと考えています。

ただ、扱っている商材が薬という命に係わるものなので、急激に数を増やすということは考えていません。副作用があった時などに対応しきれないので、そういう対応がきちんと出来る体制で一歩ずつ進めていきたいと考えています。

さらに地に根を張り研究・検証をするために、大学の研究生になりました。置き薬が彼らの生活に根付いて、セルフメディケーションに繋がると検証できれば、さらに広げていけると思います。その検証に、5年くらいはかかるのではないかと思っています。時間はかかりますが、きちんとエビデンスを元に、一歩ずつ焦らずにアフリカに貢献していきたいです。

 


Interview by Yuka Yanagisawa/Text by Azumi Nozaki

 

Mompreneurs Network Japan

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